忘れたくないのは、数えること

健人くんを見ていると、いろんな表情をどんどん出してくれてそれについていこうとするとこちらも忙しい。いちばんすきなのは…と考えてみたけどいちばんなんて決められないのだった。でもつられて笑顔になってしまうことはよくある。眉毛をハの字にしてみたり、はたまた思いっきり目を見開いて大笑いしたり、両目をぎゅっとつむって楽しいのを噛み締めていたり他にも。とにかくかわいい。

笑顔は、幸せとか楽しいっていう感情とその大部分が直結していると思う。そういうふうに感じているとき口角は自然と上がるし、声を出して笑ってしまうこともあったりする。

 

小さな幸せは、たくさん集まるといつの間にかセーフティネットになるのだと思う。

人生は決してどの段階になったから楽になるっていうものじゃない。いつでも理不尽で大変で思い通りにならなくて、切なくて苦しいものだと思う。

小さな幸せは、たくさん集まっても決して大きな幸せにはならない。

でもふっと人を救ったり、よく眠らせたり、他の人に伝染したりする。

それが最終的にはたまたまそこにあった網みたいに落ちていく本人を救うことがある。

その程度ではあるけれど、その存在、すごくいい。最終的に大きなものになる可能性だってある。

大人になると子どもだった頃みたいには無邪気にものが考えられない。

だからこそ、小さな幸せは「なん個」と子どもみたいに数えたい。

小さい女の子がしゃがんで小石を数えてるみたいな無心さで幸せを見つけられたら、その人はどんな境遇にあっても決して不幸ではない。

子どもはその「個」がいくつになったらいいとか、思ったりはしない。ただただ数えるだけ。それってとってもいいことだと思う。

 

 以上はだいすきなエッセイの一部分なんだけど、これを読んでどこかすっきりした部分があった。そうか、健人くんはわたしのセーフティネットだったんだ。と。彼が起こす行動とか口にする言葉とか。落ち込んでいたりイライラしていたり、そんな自分にも嫌気がさしているときに健人くんはいっぱい助けてくれた。

この前書いたバレーのキャスターだってそう。番組も始まったけど、だだっ広いコートをひとりで一歩一歩踏みしめてる姿に あぁなんてかっこいいんだろう。彼のしてきたことはきちんと正しくすくってもらえたんだって嬉しくなったし、アナウンサーにも負けず劣らずの堂々とした喋りはただただ圧巻だった。時間がない中できっとたくさん練習したんだと思う。共演者さんのことをちゃんと知ろうとする姿勢も。

彼がくれた小さな幸せがいつの間にかずっとわたしのことを救ってくれていたのです。優しすぎて、とってもさりげなくそれができるから、わたしはそれに無意識に甘えていたところがあったのかもしれない。こうやって気づけて良かった。

 

健人くんにもらったみたいな、小さいけれど頼もしく包んでくれるような幸せをひとつひとつたいせつに抱きしめていたいと思う。